◇ご挨拶

軍事史学会会長       
       
黒沢 文貴

 去る2012(平成24)年6月の大会において、みなさまのご推戴を受け、新たに会長に就任いたしましたので、この際一言ご挨拶申し上げます。

 軍事史学会は、戦後20年を経た1965(昭和40)年に、軍事史に関する学術的研究をおこなうことを目的として設立されました。戦後、軍事史という学術分野は、他の学術分野に比して困難な環境にありました。軍事史研究そのものが、ある種批判の対象でありましたし、それを研究する者に対しても懐疑的な眼差しが向けられるという雰囲気もあったかと思います。

 しかし、軍事史学会員をはじめとする、これまでに軍事史研究に携われてきた多くの先達のご努力もあり、今日ではそうした環境も大きく改善されてきました。なによりも軍事史が学術分野のひとつとして認知されましたし、本学会が現在900名近くの多くの会員を擁し、機関誌『軍事史学』が各方面から好評を博していることも、その証左のひとつであると思います。

 ところで、軍事史と聞くと、すぐに戦艦や戦闘機や戦車、あるいは弓、槍、鉄砲、甲冑、城郭などを思い浮かべ、作戦戦闘史や合戦史などをイメージされる一般の方も依然として多いかと思います。それらの研究対象は、もちろん軍事史研究の重要な分野でありますが、しかし軍事史に含まれる研究範囲は、けっしてそれにとどまるものではありません。

 たとえば軍事が、政治・外交(国際関係)・経済などと密接な関係にあることはいうまでもありませんが、他にも文化・思想・教育・科学・法などとも当然のことながら関係してきます。

 また戦争が人間の営みである以上、指導者論やリーダーシップ論、国民動員や宣伝・広報、情報戦、そして軍人や国民をとりまく衣食住、医療・衛生、勲章・恩給、慰霊・追悼など、挙げはじめたら切りのないいわば人間活動にかかわるきわめて多くの要素が、そこに集約されてくるといえましょう。今日的な研究視点でいえば、女性史やジェンダー、ジェノサイド、戦争の記憶、そして戦争責任、賠償、歴史認識、和解などという問題とも関係してきます。

 さらに時間軸で考えれば、古代から近現代にまでわたりみられる事象ですし、ひとつの戦争・武力紛争をめぐっても、その戦前・戦中・戦後(軍隊でいえば、動員・戦闘・復員・論功行賞・慰霊追悼など)という一連の時間の流れとしてとらえることができます。なお戦後史という視点からいえば、昭和の終焉もしくは冷戦の終結頃までを研究対象の時代範囲としてもいいのかもしれません。他方、空間的にはいうまでもなく古今東西で繰り広げられてきたものであります。

 それゆえ戦争・武力紛争、さらには平和を維持しようとする営為は人類誕生以来の、そして地球上のいたるところでみられた人間的な営みといっても過言ではないでしょう。

 いずれにせよ、軍事とそれにかかわる多種多様な要素、そして戦争・武力紛争・平和という事象を主たる研究対象とする軍事史は、以上のように広義に考えれば、歴史的視点を前提としながらも、かなりの広がりと奥行きをもつ学術分野であるといえます。『軍事史学』が近年、さまざまな特集テーマを組んできた所以であります。

 今後とも軍事史学会は、そうした軍事史の特性を意識しながら、学術活動に取り組んでいきたいと思います。そしてそのためには、日本近現代史に偏りがちな学会員の専門分野の構成を、少しでも拡げていく必要があります。具体的には、外国史の研究者や関心をおもちの方、古代・中世・近世など前近代史に興味をもたれている方、そして女性や若手の研究者のさらなる入会が求められます。軍事史学会の今後の発展のためには、なによりもそうした研究テーマの広がりと多様な専門分野をもつ会員の増加が必要不可欠であり、おおいに期待されるところです。

 みなさまのご理解とご支援を是非ともお願い申し上げます。

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