◇年次大会報告

第三十七回(平成十五年度)

   軍事史学会年次大会報告

 

日時 平成十五年五月三十一日(土)

場所 防衛大学校 社会科学館(神奈川県横須賀市)

 

 

 本年度は、「日本国土防衛史−その理論と実践−」を共通論題として、防衛大学校のご支援を得て、同校の会員が中心となって企画及び大会運営にあたった。当日は、この時期としては三十八年ぶりという台風に見舞われ、朝から風雨が激しかったにもかかわらず、二百名を超える会員の参加を得た。なお、本大会は第二日目に東京湾防衛をテーマとした史跡研修を計画していたが、台風の余波で中止となった。

 大会は、総会が午前十時四十分から開かれ、始めに高橋久志会長の挨拶が行われた。会長挨拶では、古き良き伝統を継承しつつ更なる学会の飛躍を目指して、常任理事会の機能を活性化し、中長期的な行動計画としての「アクションプラン」を策定し、学会の質的向上に努めるとした今後の活動方針が表明された。続いて、議事に入り、左記の議案について審議が行われ、いずれも異議なく承認された。

 一 平成十四年度事業報告及び収支決算報告

 二 会計監査報告

 三 平成十五年度事業計画・収支予算案

 四 新役員の承認

 この後、二年に一度選考される学術研究奨励賞の授与が行われ、優秀論文として等松春夫会員の「一九三二年未発の『満州PKF』」が受賞した。

 午後に入り、防衛大学校校長の西原正氏から歓迎のご挨拶を頂いた。その後、横浜市立大学名誉教授の加藤祐三氏による記念講演「開国一五〇年をめぐって−日米和親条約論−」、続いて、横須賀開国史研究会会長の山本詔一氏による特別講演「浦賀奉行所の海防計画−軍艦建造計画に視点をあてて−」が行われ、開国期における国土防衛に関する貴重なご意見を頂いた(両氏の講演全文は、『軍事史学』通巻154号、5866頁に掲載)。

 個人研究発表は、午後三時十分から共通論題三会場及び自由論題一会場に分かれ、下記通り報告された。いずれの会場も盛況で活発な議論が交された(報告の一部は、『軍事史学』通巻154号に掲載)。

 共通論題部会@

  亀掛川博正 「戊辰戦争と横須賀製鉄所」

  高村 聰史 「三浦半島の防衛と武装解除−昭和二十年の横須賀を中心に−

  原   剛 「第三海堡の建設経緯」

 共通論題部会A

  明神 博幸 「藩政末、加賀藩越中領の沿岸防衛」

  淺川 道夫 「江戸湾内海防衛に関する一考察−品川台場の防禦力を中心に−

  大西比呂志 「本土決戦期の相模湾防衛態勢」

 共通論題部会B

  浜田 弘明 「計画された軍事都市−軍都相模原を中心に−

  栗田 尚弥 「『帝都』およびその周辺における軍防空と民防空−防空法以降−

  山本 智之 「服部グループの再軍備構想と国土防衛計画」

 自由論題部会

  尾崎 庸介 「日清戦争期にみる領土割譲問題と日英関係−台湾領有をめぐって−

  黒澤 嘉幸 「陸軍における航空医学の受容について」

  樋口 秀実 「『楊宇霆射殺事件』再考」

 

大会終了後、防衛大学校の学生会館において、午後六時から懇親会が開かれた。懇親会では、防衛大学校副校長の安岡義純氏からご祝辞を賜り、続いて、同校幹事の吉川洋利氏に乾杯のご挨拶を頂いた。懇親会参加者も百二十余名に上り会員相互の親睦を図ることができた。

なお、大会当日は「幕末の江戸湾防衛と横須賀」をテーマとした史料展示が併せて行われた。

 

第三十六回(平成十四年度)軍事史学会大会報告


 
日時 平成十四年五月二十五、六日
 場所 関西学院大学及び神戸周辺地区

 本年度は関西学院大学のご後援をいただき、本学会関西支部の企画・運営で、「歴史上のターニングポイントにおける海港都市」をテーマに、百三十名を超える会員の参加を得て盛会裡に実施された。
 第一日目は、午前十時半から総会が開かれ、伊藤隆会長の挨拶の後、議事に入り、左記の議案について審議が行われ、いずれも異議なく承認された。

 一、平成十三年度事業報告
 二、収支決算書・会計監査報告
 三、役員改選
 四、平成十四年度事業計画・収支予算案

 このあと、平成六年以来四期八年間もの長い間、本学会会長の重責を完うされた伊藤ヨ会長の後任として新たに会長となった高橋久志上智大学教授から就任挨拶、新役員の紹介があった。
 午後は、前国際法学会会長・大阪学院大学国際学部教授の香西 茂 氏による基調講演「『海港』都市をめぐる国際法上の問題―わが国が当面した諸事例を中心に―」が行われた。前段は、幕末開国及び明治期の開港及び中立問題の諸先例ということで、ペリー来航と神奈川条約の締結、スターリングの渡来と日英協約、プチャーチンの来航と日露条約、ハリスの来日と修好通商条約、戊辰戦争とストーンウォール号事件、普仏戦争と日本の中立問題、マリア・ルース号事件、家屋税事件等、国際法の専門家として、具体的事例を挙げられ、その問題点を指摘された。幕末開国時には中立という問題をめぐって多くの問題があった。また通商条約の締結時に多くの港が開港されたが、この通商条約が後に不平等条約として批難の的になった。幕府の側は、このターニングポイントで鎖国の政策を改めるということに踏み切ったわけであるが、実際は後ろ向きであって、いかにして外国人との接触を制限(開港する港の数を限定)しようということだけが念頭にあり、近代国際法の基本である主権平等という考え方を基本とした意識がなかったということで、じ後に多くの問題を残したと評価された。後段は、海港都市と外国軍艦の入港問題ということで、神戸英水兵事件(入港外国軍艦の法的地位)を挙げて慣習国際法の実際の運用について具体的な適用について解説された。更にグローバル化問題として、非核神戸方式・高知県の非核港湾条例案(地方自治体の非核政策と国家の安全保障)、レインボー・ウォーリア号事件(ニュージーランドの非核政策とANZUS条約)を例を挙げて、地方自治体が自治権等権限の拡大を主張し、国家の主権が弱まっている傾向がある。地方自治体が自治権を増強するということ自体は好ましいことではあるが、自治体の自治権の中身が国家の安全保障・軍事・外交に関係することになると、自ずから制限を認めざるを得ないとう、貴重な意見を戴いた(講演の全文は、次期学会誌に掲載予定)。
 次は、園田学園女子大学国際文化学部の田辺眞人教授が、「神戸は西の関ヶ原―日本史の中の神戸の位置―」と題して、翌日の史跡見学を念頭に置きながら日本の歴史に大きな役割を果した神戸の位置として、京都を中心とする陸上・海上交通の焦点[天下分け目の地]が神戸・須磨地区であったことを、江戸時代[天保七年]の古地図を提示しつつ、源平合戦の神戸、楠公の湊川合戦、信長の花隈合戦等を例示され、軽快なテンポで解説を戴いた。
その後十五時から四会場に分れ、下記のような個人研究発表が行われた。

 (1)共通論題@:「歴史上のターニングポイントにおける海港都市」
   @ 淺川道夫:明治維新期における兵庫の「市兵隊」
   A 欠
   B 片山邦雄:明治前期の近海港湾と定期航路 ―上海、香港、ウラジボストーク
 (2)共通論題A:「歴史上のターニングポイントにおける海港都市」
   @ 本橋弘毅:アメリカ誕生・フィラデルフィア
                      ―政治、経済、軍事機能を中心に―
   A 松川克彦:第二次大戦勃発とダンツィヒの役割
   B 永江太郎:神戸の戦略的地位の変遷と湊川決戦
 (3)自由論題
   @ 山本崇人:1854年クリミア半島侵攻作戦の立案・採用の経緯について
   A 山口 悟:1920年代のイギリス海軍と極東防衛問題
   B 高原秀介:米国の戦後東アジア・太平洋秩序構想
                     ―ウィルソン政権の対応を中心に―
 (4)自由論題
   @ 山本智之:参謀本部戦争指導課のドイツ認識
   A 安藤公一:ドイツ軍の西方“電撃戦”をめぐる伝説
                  ―“電撃戦”戦略、“鎌”計画、ダンケルク―
   B 茶園義男:65年目の真実「2・26事件大臣布告」の発見
             ―親しく手にとって比較した“近衛ニセ文書”のホンモノ―

 午後十五時半関西学院大学構内にある関学会館において懇親会が開かれ、関西学院大学学長 平松一夫氏からご祝辞を頂いた。懇親会には90名余が参加し盛会であった。

 第二日目は8時から史跡見学。60名の方が参加し、旧居留地址、沢の鶴酒造資料館、和田岬砲台、清盛塚、一ノ谷、会下山、等を田辺眞人先生の軽快な解説と知識・造詣の深さに感動しつつ、一日を満喫した史跡見学であった。改めて、田辺先生に御礼を申し上げる次第である。

 

第35回(平成13年度)軍事史学会大会報告
 

 日時 平成十三年六月二、三日
 場所 鶴岡市中央公民館及び鶴岡市・酒田市周辺

 
本年度は満州事変七十周年の節目の時であり、満州事変を指導したと言われる石原莞爾ゆかりの地である庄内(酒田市、鶴岡市)で、「満州事変」をテーマとして、百四十名を越える会員と大勢の鶴岡市民の方々の参加を得て開催された。
第一日目は、鶴岡市中央公民館を会場として、午前十一時四十分から総会が開かれ、伊藤隆会長の挨拶の後、議事に入り、左記の議案について審議が行われ、いずれも異議なく承認された。
 一、平成十二年度事業報告・収支決算報告
 二、会計監査報告
 三、平成十三年度事業計画・収支予算案
 また、本年は「阿南・高橋研究奨励賞」授与の年であり、高橋久志編集委員長から選定経過の明があり、第三十五巻第二号掲載の喜多義人会員の「英軍による降伏日本軍人の取扱い―南方軍終戦処理史の一断面―」と第三十五巻第四号掲載の中島信吾会員の「アメリカの東アジア戦略と日本(一九五五―一九六〇)―日本をめぐるディレンマと調和点の模索―」両者が甲乙付け難く、特別に今年は二名の同時受賞と発表され、賞状と副賞が授与された。
午後は、地元研究者の笹原信一郎鶴岡商工会議所会頭が「石原莞爾と昭和動乱(主として満州事変)―そして庄内というところ―」と題して特別講演。庄内出身の著名人を紹介しながら庄内の風土の特色を述べ、石原莞爾と満州事変について多くの写真等を紹介しながら講演を頂いた。特に笹原氏の体験・見聞した石原莞爾周辺のエピソードは地元研究者ならではの興味深いものがあった。
 その後十五時二十分から四会場に分れ、左記のような個人研究発表が行われた。

・ 共通論題部会T「満州事変@」
  野村乙二朗 「石原莞爾の満州事変 ―アジア解放の革命的対欧米持久戦争の起源―」
  荒川 憲一 「石原構想の限界と可能性」
  三輪 公忠 「満州事変前後の思潮と『八絋一宇』」

・ 共通論題部会U「満州事変A」
  秦 郁彦 「満州領有の思想的源流」
  等松 春夫 「1932年のPKF? ―リットン報告書にみられる特別国際警察隊構想―」
  影山好一郎 「昭和八年前後の日本海軍
               ―満州・上海事変以後の強硬化路線の背景を中心に―」
・ 地方史論題部会
  佐藤 和夫 「加藤清正の蔚山籠城と軍事力」
  佐藤 昇一 「庄内に配流された加藤忠広」
  西岡 香織 「按察使・初代山形県知事の坊城俊章少将」

・ 自由論題部会
  山本 哲也 「日本陸軍の歩兵による対戦車戦闘法について」
  小泉 直彦 「『高松宮日記』で始めて分かったこと、だけでは分からないこと」
  本橋 弘毅 「コンチネンタルマリーンズと米独立戦争」

 午後七時から東京第一ホテル鶴岡「鳳凰の間」で懇親会が開かれ、鶴岡市長富塚陽一氏からご祝辞を頂いた。懇親会には百二十名余が参加し盛会であった。

 第二日目は八時から史跡見学。九〇名の方が参加し、荘内神社を皮切りに大宝館、致道博物館、鶴岡市立図書館、石原墓所、本間家旧本邸、光丘文庫、南洲神社、加藤家と研修した。特に我々学会の行動に協賛いただき、鶴岡市立図書館は「鶴岡の生んだ軍人思想家 石原莞爾資料展」を、光丘文庫では「光丘文庫所蔵資料に見る石原莞爾の時代」の特別展を開催して我々の研修に便宜を図っていただいた。また、酒田市史編纂委員の佐藤昇一氏の案内で加藤清正公の遺子・加藤忠広家の研修もでき、庄内の別の一面も垣間見ることができた。
ただ今回の史跡見学で、計画側の都合により九〇名に限定したので、希望しながらも参加できなかった方に誌面をお借りしてお詫び申し上げます。
 最後になりましたが、今年次大会は鶴岡市の庄内コンベンションセンターの全面的なご支援・ご協力を得たことが、会場設営、懇親会、史跡見学等、盛会裡に終始できた要因であったことを記して感謝の意を表します。
なお、本年の年次大会は、関西支部の計画に基いて、下記の計画で関西学院大学で実施の予定です。

 

・第34回(平成12年度)軍事史学会大会報告


  日時  平成12年6月3、4日
  場所  慶應義塾大学 三田キャンパス

 本年度の年次研究大会は昨年度同様、東京に所在する慶應義塾大学三田キャンパスを会場に、270名を越える参加者を得て開催された。共通論題は昨年からの継続で「20世紀アジアの戦争 2」であった。
 第1日目は午前11時から総会が開かれ、はじめに林吉永副会長が議長に選出された。続いて伊藤隆会長が挨拶に立ち、今次大会への抱負、好評を博している『機密戦争日誌』に続く軍事史学会としての戦史史料集編纂事業計画などについて述べ、さらに軍事史の重要性が次第に浸透してきたという現状認識を披瀝した。引き続き議事に入り、下記の議案について審議が行われ、いづれも異議なく承認された。

 1 平成11年度事業報告・収支決算報告
 2 会計監査報告
 3 平成12年度事業計画・収支予算案
 4 役員人事

 役員人事は全役員の留任となった。但し、関西支部長が島岡宏理事から根無喜一理事 に、事務局長が永江太郎理事から中尾裕次理事に交代した。午後は1時20分から慶應義塾大学教授・山田辰雄氏による記念講演「日中関係の150年」があった。山田教授は日中関係を100年のスパンで見ると起点が日清戦争になり、日中関係が中国側の言う日本の中国侵略で始まる「侵略の100年」という一面的なとらえ方をされてしまう。むしろ、タイム・スパンを150年としてアヘン戦争から始めた方が良いと主張する。そうすることで日中関係を相互依存、競存、敵対というように多面的にとらえられるようになる。また、日中関係は常にアメリカなどが介在する多国間関係であり、良好な日中関係を維持するには良好な米中関係の維持に配慮しなければならないと指摘した。最後に、将来への展望として、利害対立を前提として認め、「競存」状態を目指す心構えであるべきと締めくくった。
 2時40分からは四会場に分かれ以下のような研究報告が行われた。

☆共通論題部会1.「20世紀アジアの戦争」
  下河邊宏満 「再考ノモンハン事件−国境線の真相と事件拡大の要因−」
  等松 春夫 「オーストラリアとアジア・太平洋の危機 1937−1942」
  T・クック 「中国戦線での死線を越えて−日本人兵士の戦争体験−」
☆共通論題部会2.「朝鮮戦争」
  河原地英武 「朝鮮戦争とスターリン」
  阪田 恭代 「朝鮮戦争休戦交渉への道−米国の政策−」
  安田  淳 「中国の朝鮮戦争停戦交渉−外国軍隊の撤退と軍事分界線をめぐって−
☆自由論題部会1.
  淺川 道夫 「維新建軍期の日本陸軍と用兵思想−ジョミニ兵学の受容を中心に−」
  新井 聡子 「軍衛戌刑務所における規則と生活−代々木陸軍衛戌刑務所を中心とし て−」
  小泉 直彦 「『軍極秘』研究資料に見る昭和18年10月末現在の海軍『探信兵器』 研究進展状況」
☆自由論題部会2.
  新治  毅 「中国空軍建設に協力した林飛行隊」
  細谷 雄一 「イギリスと冷戦の起源」
  中島 信吾 「池田・ケネディ時代の日米関係と日本の防衛政策−『同盟』と『パート ナーシップ』のはざまで−」

 5時30分から懇親会が北新館1階「ザ・カフェテリア」で行われ、慶應義塾大学常任理事・薬師寺泰蔵氏からご祝辞を頂いた。懇親会には160名以上が参加し、まさに盛会となった。
 第2日目は午前9時30分からシンポジウム「20世紀アジアの戦争 2」が開催された。報告者、表題、コメンテーター、司会者は左記の通りである。報告者の一人、E・ブルース・レイノルズ氏(サンノゼ州立大学教授)は本大会のためにわざわざ来日して下さった。

 報告者      秦  郁彦「日本の視点」
          劉   傑「中国の視点」
        E・B・レイノルズ「東南アジアの視点」
          高橋 久志「アメリカの視点」
 コメンテーター  伊藤  隆
          半藤  一利
 司会者      庄司 潤一郎

 各報告者、両コメンテーターには限られた時間の中で20世紀にアジアで起こった戦争をそれぞれの視点から振り返るという困難な役割を充分に果たして頂いた。アジアの戦争がいかに多様であり、ひとつに括ってしまうことは不可能である認識を新たにした。惜しむらくは、毎度のことであるが、質疑応答と議論の時間が不足気味であったことで、それは永遠の課題であろう。前大会、及び本大会におけるシンポジウムでの報告は来年(平成13年)3月に発行される『軍事史学』第36巻第3・4合併号誌上において、より発展した形で再現される予定である。
 最後になるが、本大会を開催・運営するにあたっては赤木完爾理事をはじめ、慶應義塾大学関係者の並々ならぬご尽力があった。記して感謝の意を表する次第である。尚、満州事変発生70周年にあたる来年の大会は、石原莞爾ゆかりの山形県鶴岡市での開催を計画している。

 

・第33回(平成11年度)軍事史学会大会報告

 日時  平成11年6月5、6日
 場所  上智大学

 本年度の大会は、東京の中心部に所在する上智大学を会場に268名の参加者を得て、上智大学国際関係研究所との共催により開催された。共通論題は、「20世紀アジアの戦争」であった。
 第1日目は11時より総会が開かれ、中尾理事の開会の辞に続き、伊藤会長の挨拶があった。その中では、人類にとって避けられない研究課題である軍事について、その裏付けとなるような研究がまさに軍事史学会によって行われるべきである、そしてそうした軍事研究への要求がいま日本で起こりつつあるとの認識が示された。
 引き続き左記の議案について審議が行われ、いずれも異義なく承認された。
 1 平成10年度事業報告・収支決算報告
 2 会計監査報告
 3 平成11年度事業計画・収支予算案
 4 軍事史学会会則改正案
 その後、高橋編集委員長より、「阿南・高橋研究奨励賞」の選考過程の報告があり、規定上2年に1人の受賞のところ、今回は黒野耐会員の「昭和初期海軍における国防思想の対立と混迷−国防方針の第2次改定と第3次改定の間−」(第34巻第1号)と相澤淳会員の「日中戦争の全面化と米内光政」(第33巻第2・3合併号『日中戦争の諸相』)が同賞に選ばれた旨発表があり、両氏に賞状及び副賞が授与された。最後に、新会則に基づく役員人事の報告があり、総会は終了した。
 午後からは、13時20分より上智大学教授三輪公忠氏による基調講演「20世紀アジアの戦争−国民国家系の拡張の中で−」が行われた。20世紀のアジアの戦争を東西の文明論から観る視点は大変興味深いもので、この講演は20世紀における西欧社会とアジア社会の狭間の位置にあった(ある)日本について改めて考えさせるものであった。
 14時40分からは4つの会場(共通論題、自由論題各々2会場)に別れて、以下のような研究報告が行われた。
☆共通論題T
 野口博史「『抗米救国戦争』におけるベトナム労働党の軍事戦略−1954〜1975−」
 鐸木昌之「朝鮮人民軍の創建」
 田中恒夫「朝鮮戦争にみる連合作戦の一断面−多富洞の戦いにおける米韓軍の部隊交代から−」
☆共通論題U
 高世信晃「日清戦争における陸奥宗光の外交戦略−欧州留学期に取り組んだ『国際法』研究を中心に−」
 高原秀介「シベリア撤兵過程における日米関係−ウィルソン政権の撤兵政策を中心に−」
 荒川憲一「戦争経済研究史序説−アジア・太平洋戦争の場合−」
☆自由論題T
 喜田邦彦「第四次中東戦争と核威嚇」
 吉本隆昭「ヒトラーの軍事戦略観−電撃戦と塹壕戦−」
 井口武夫「対米開戦通告をめぐる外交と軍事戦略の交錯」
☆自由論題U
 片山 宏「箱館戦争と黒石藩派遣部隊の戦闘行動−半隊司令鳴海要助の視点から−」
 吉川長利「統帥と法規−陸軍刑法の制定・解釈を巡って−」
 小泉直彦「ドイツ海軍Uボート用超短波無線送受信機分解調査の支援」
これら個人研究発表は、会場によっては立ち見の出る程の盛況であり、質疑も活発に交わされた。
 17時30分からは、懇親会が上智会館五階会議室で行われ、この席で上智大学長ウィリアム・カリ−氏および同国際関係研究所長デヴィッド・ウェセルズ氏からご祝辞をいただいた。会場は150名を上回る参加者で埋められた。
 第2日目は、10時よりシンポジウム「20世紀アジアの戦争」が、200名余の参加者を得て開催された。報告者および司会は左記の通りであった。
 報告者  「日露戦争」   原  剛(防衛研究所)
       「大東亜戦争」  波多野澄雄(筑波大学)
      「朝鮮戦争」   赤木完爾(慶応義塾大学)
       「ベトナム戦争」 松岡 完(筑波大学)
 司 会          戸部良一(防衛大学校)
戦争勃発の原因よりは各戦争の特質、並びにその後の歴史に与えた影響等を論じるという趣旨の下、各報告者は報告時間20分という短い時間のなかで数多くの興味深い論点を指摘した。また、報告終了後は司会者の統制の下会場からの質問に答えるという形で議論が進められたが、「四つの戦争はすべて域外大国とアジアの国の戦争であったがこれをどう考えるか」「すべてに人種戦争の側面があったと思うがどうか」等、まさに共通論題にそった20世紀を通したアジアにおける戦争全体の特質を問うような議論が展開した。なお来年度に編集委員会は、これらの報告を掲載した特集号を『軍事史学』上で組む予定である。
 今回の大会は2日間ともに200名以上の参加者を得た盛会であった。ここに誌上を借りて、本大会実現のために御尽力を賜った上智大学をはじめとする関係各位に、心より御礼申し上げます。


 

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